BLOG
綴りごとContents
SC-001 開発ストーリー
二つしかなかった市場
レコードのクリーニングには、長いあいだ二つの選択肢しかありませんでした。十数ドルの簡易なブラシか、高価な超音波クリーニングマシンか。
前者は手軽ですが、効果には限界があります。後者は確かに効きます。ただし価格も、置き場所も、一枚を洗い終えるまでの時間も、聴きたい盤を取り出すたびに使えるものではありません。日常のなかで気軽に使えて、しかもきちんと効く。その一点を満たす道具が、どこにもありませんでした。
簡易なブラシより効果的で、超音波マシンより手軽なもの。
この空白は、誰も埋めていないだけで、本当は誰もが必要としている場所ではないか。SC-001の開発は、製品の思いつきからではなく、その確認から始まりました。
レコードにも「電動歯ブラシ」を
発想の転換点は、意外なところにありました。歯ブラシです。
かつて歯ブラシは、手で動かすものでした。いま、多くの人が電動を使っています。理由は単純で、そのほうがよく磨けるからです。手で往復させる動きでは届かない場所に、細かく速い振動は届く。道具そのものが動き出した瞬間に、清掃の質が変わったのです。
レコードも同じではないか。ブラシを手で動かしているかぎり、毛先は溝の表面をなぞるだけで、奥に入り込んだダストには物理的に届きません。届かせたいなら、ブラシ自体が動けばいい。
改良ではなく、前提を置き換える。SC-001は、その一行から始まりました。
誰も、根拠を示していなかった
開発に先立って、市場にあるブラシを片端から調べました。そこで、ひとつのことに気づきます。性能の根拠を示している製品が、ほとんど見当たらない。
なぜこの毛材なのか。なぜこのブラシが良いと言えるのか。その理由に踏み込んだ説明は、どこを探しても出てきませんでした。良いという言葉はある。それを支える数字がない。
良い、とは書いてある。なぜ良いのかは、どこにもない。
ただ、これを各社の怠慢だとは思いません。理由ははっきりしています。ダストの除去率を定量化すること自体が、とても難しいからです。レコードの表面に残る微細なダストは、そもそも肉眼でははっきり見えません。見えないものは数えられず、数えられないものは比べられない。だから、感覚と経験の言葉で語るしかなかった。
それでも、自分たちが作るものには根拠を持たせたい。数字の上に立つ製品にしたい。そこを譲らないと決めた時点で、この壁は避けて通れないものになりました。
見えないものを、数える
定量化の方法を探して、いくつもの試みを重ねました。ダストに見立てた粉を撒き、どれだけ回収できるかを測る。顕微鏡で溝を覗き込み、クリーニングの前後を写真に収めて比べる。
どれも、それらしい結果は出ます。しかし条件が揃わず、最後の判定にはどうしても主観が入り込みました。数字は出るのに、その数字を信じきれない。その状態が、しばらく続きました。
答えは、測り方を工夫することではなく、レコードの見え方そのものを変えることにありました。偏光フィルターです。
レコードの表面は、光をよく反射します。この反射こそが、微細なダストを隠していた。フィルターで不要な反射を抑えた瞬間、顕微鏡カメラの画面に、ダストだけが浮かび上がりました。
まず、見えるようにする。選ぶのは、そのあとでいい。
浮かび上がったものは、画像解析で面積として数えられます。ここでようやく、クリーニング前後の残留量を、同じ条件のまま、主観を挟まずに比べられるようになりました。この方法で、候補となる毛材を一つずつ試験していきました。
意外に思われるかもしれません。毛材を変えるだけで、ダストの除去率は大きく変わります。手に取った感触はほとんど同じなのに、二十数パーセントしか落とせないものもあれば、八十パーセントを超えるものもある。この差には、私たち自身がいちばん驚きました。
触っただけでは、決して分からない。この実験をしていなければ、いま採用している毛材にたどり着くことはなかったはずです。
完成したSC-001は、一連の測定で平均 84% のダスト除去率を示しました。約 1,000 点の測定データが、その裏づけです。
もう一つの敵、静電気
レコードの静電気は、私たちが以前から向き合ってきたテーマです。「除電ブラシ」と称される製品の帯電量を実際に測ってみると、減らすことはできても、取り切れる製品はほとんどありませんでした。だからこそ、除電だけを担う専用機としてイオナイザー ION-001 を作っています。
ただ、ブラシを作る以上は、取り除く前に、生まれること自体を抑えたい。
ここに、やっかいな矛盾があります。静電気は摩擦と接触によって生まれます。つまり、ブラシで擦るという行為そのものが、発生源になってしまう。生みながら取る構造である以上、背面にどれだけ除電機能を持たせても、取り切れない分が残ります。
発生させてから取るのではなく、そもそも発生させない。
答えは、毛材にありました。帯電列の上でレコード盤と極めて近い位置にある素材を選ぶと、触れても電荷がほとんど移動しません。毛材そのものが、静電気をほとんど生まないのです。この毛材もまた、帯電量の実測にもとづいて選んでいます。
低帯電性繊維で発生を抑え、振動駆動部の背面に置いた導電性繊維で、すでに帯びている電荷を逃がす。抑えてから、取る。この順序にしたことで、実測では約 −4kV に帯電した盤面が、ブラシを当てるだけでほぼ 0kV まで下がりました。
音波であって、超音波ではない
SC-001は、世界初※のレコード用音波振動クリーニングブラシです。内蔵した小型モーターが、ブラシ自体を毎分約 11,000 回振動させ、溝の奥のダストをかき出します。この振動数は人間の耳に聞こえる可聴域にあり、超音波ではありません。製品名にSonicを冠しているのは、そのためです。
そしてこの振動は、溝を削るためのものではありません。ダストを浮かせ、持ち上げるための動きです。振幅はごく微細で、毛は柔らかく、ブラシはレコードに軽く触れるだけ。強く押し当てて拭う手作業に比べれば、盤面への負担はむしろ小さいと考えています。
簡易なブラシより効果的で、超音波マシンより手軽に。開発の出発点に置いた一行を、SC-001はそのまま形にしました。市場の空白を見つけ、測る方法を自分たちで作り、素材を数字で選び、静電気の矛盾を解く。そのすべてが、この一行のためでした。
レコードに、針が降りる。その一瞬より前に、音はもう決まりはじめています。溝に何が残っているか。盤が何を帯びているか。SC-001は、その「前」に向けた道具です。
※ 当社調べ。本稿に記載の数値は、当社の測定条件下における実測値です。使用環境やレコードの状態により結果は異なります。
全文をPDFで、測定の様子を動画で
本稿の全文に、実際の測定画面や実験風景の写真を加えたPDF版をご用意しています。偏光フィルターでダストが浮かび上がる様子、画像解析の画面、静電気の測定風景は、写真でご覧いただくほうが伝わると思います。日本語版・英語版のほか、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、簡体中文、繁体中文、韓国語の7言語をまとめた多言語版もございます。
また、測定の実際を約1分30秒の動画にまとめています。反射光が消えてダストだけが浮かび上がる瞬間や、ブラシを当てて表面電位が下がっていく様子を、実測の画面のままご覧いただけます。